【連載小説】『クアラルンプール』~1日目(後編)~
シャオムは4年前の冬にシェムリアップを訪れて以来、日本を出ていなかった。シャオムは日本が好きであり、海外に「あれも、これも」と行きたい場所が特別たくさんあるわけではない。
ただ、ずっと日本にいると、気付かない間に自分の中の考えや知識、それからコミュニティが少しずつ狭くなっていくような感じがする。 短い旅行でも、ひとたび海を越えて外国に来ると、日本とはまったく異なるシステムで社会が動いていて、自分とはまったく違うことを考えて生きている人に出会う。そんな、非日常の体験を得ると、日本の社会の中で日ごろ悩んでいる自分を、日本の外から眺められるような気がして、心がすっと軽くなるのだ。
旅の効用は、なにも新しいものを見るといった外向的なことだけでなく、日常の自分の相対化という、内向的な側面も大いにあるだろう。
シャオムは今年の春ごろ、新聞を通して、大学時代に同じゼミで勉強していたマレーシアからの留学生・メグが、祖国マレーシアの私立学校で職員をしているということを知った。そこで、東南アジアの国であるマレーシアに以前から興味を持っていたこともあり、彼女に連絡をとり、学校を見せてもらうことになった。
その後、せっかくなら1人で行くよりも誰かを伴って行ったほうが楽しいので、友人のアンビに声をかけてみたのである。アンビは海外に行ったことがなく、社会科を教えているので、お盆休みの海外旅行なら喜んで来てくれるだろうと思っていた。そういうわけで、マレーシア訪問がシャオムとアンビの今夏の一大イベントとなった。
アロー通りで夕食を終えたシャオムとアンビは、セブンイレブンで飲み物を買ってから、ホテルに向かった。
今回の旅の拠点になるのは、クアラルンプール屈指の大型ショッピングモールである「ベルジャヤ・タイムズ・スクエア」である。このタイムズ・スクエアの中にホテルがあり、2人はここに3泊する予定でいた。
タイムズ・スクエアは、21時にもかかわらず、まだたくさんの店が開いている。2人は味が濃いものを食べたので、口をなおしたいと思って、バスキン・アンド・ロビンズのアイスクリームを食べることにした。価格は日本と同じくらいである。
2人はまだ小銭をあまり持っていなかったので、空港の両替屋で手に入れた10リンギット札を店員に手渡した。
すると、どうやらお釣りの紙幣が不足しているのであろう。店員は、1リンギット札は持っていないかとしきりに尋ねてくる。店員は2人が1リンギット札を持っていないことを知ると、しぶしぶお釣りのお札を手渡した。
日本では紙幣や硬貨の手持ちがなく、お釣りが支払えないという店はめったにないが、ここではそれなりに起こることらしい。
ちなみに、シャオムらが旅行したとき、1リンギットは33円くらいであるから、日本からすると、とても細かいお金に対して紙幣が存在することになる。
アイスクリームに満足した2人は、ホテルのロビーに到着し、エレベーターに乗った。
しかし、アンビが「リフト・カード」をタップして、自分たちの部屋がある26階のボタンを押しても、ボタンが点灯しない。ほかの宿泊客はちゃんとボタンを押せているのに、どうしてだろうか。
2人が困っていると、エレベーターに乗り合わせた若い男が、「それは反対側のホテルだよ」と教えてくれた。
なるほど、シャオムとアンビの「リフト・カード」には「ウエスト・ビルディング」と書かれているのに対して、ここは「イースト・ビルディング」である。
シャオムとアンビは、タイムズ・スクエアのちょうど反対側のホテルに来てしまったようだ。ロビーの作りからエレベーターの内装まですべて同じだったので、2人とも気が付かなかった。
2人は男に礼を言って、ウエスト・ビルディングに行き、無事、部屋に戻ることができた。
日本から約6時間のフライトを終え、初日から3時間ほどホテルの近所を歩き回ったこともあり、2人は相当疲れていた。
「わざわざタワーに登らなくても、十分綺麗な夜景だな」
クアラルンプールには、象徴的な建物である高さ452メートルの「ペトロナス・ツイン・タワー」があり、多くの観光客が訪れている。 シャオムとアンビも、タワーに登ってみたいと思っていたが、そんなタワーに登らなくても、ホテルの26階から見える景色は、クアラルンプールの夜景を眺望するには十分なのであった。
2人は、明日の予定について簡単に話し合いながら、マレーシアのテレビを少し見て、すぐに眠りについた。
https://honmadesukate.hatenablog.com/entry/2024/08/20/214045
【連載小説】『クアラルンプール』~1日目(前編)~
アロー通りのナイト・マーケットは、火曜日の夜にもかかわらず人々でごった返していた。その大半は中華系のようであるが、インド系、マレー系のほか、ヨーロッパ系の観光客らしき人も多い。
その中にあまりいないであろう日本人であるシャオムとアンビは、人々の中をかき分けて歩いていた。
「チキンが食べたいなあ」
とシャオムが言う。
一方のアンビは、これといって夕食に食べたいものがあるのではなく、初めて見るクアラルンプールのさまざまな物を眺めながら、感心していた。
アロー通りは、観光客の間で有名な、すべて飲食店が立ち並ぶ通りである。夜になると、それらの飲食店の前に、さらに多くの屋台が現れ、日本の夏祭りのような趣になる。一軒一軒の店の看板は派手にライトアップされ、客を呼び込もうとしきりに叫んでいる店員もいる。スピーカーを置いて洋楽やアジア風の音楽を流している屋台もある。人口密度は、東京の満員電車さながらであり、とにかく人の流れに従って歩くしかないといったところである。
シャオムは、ときどき、早くその場を通り過ぎたくなるようなきつい臭いを感じた。今まで嗅いだことのないような臭いである。臭いを発している屋台に目をやると、薄黄色く、丸くてデコボコした、スイカくらいの大きさの果実が、雛人形のように何段にも渡って並べられていた。
「あれが、ドリアンか」
近くに置かれているだけですぐにわかるような、その強烈な臭いの元は、「果物の王様」との呼び声高い、ドリアンなのであった。
「同僚の先生に、ドリアンだけは食べてこいって言われたよ」
アンビは、シャオムと同じく、中学校の教師をしている。勤めている自治体は違うが、共に大阪に住んでいて、よく会って話をする。元は大学のグリークラブで出会い、今でもおたがいに合唱を続けているのである。こうしたいくつかの共通点があり、今回はお盆休みを利用して、2人でマレーシアにやってきた。
アンビはこの旅行のどこかで、「果物の王様」に挑戦したいようであったが、シャオムははなから受け付けていない。シャオムは食べ物に好き嫌いはないが、知らない物を食べるのは怖い。ましてや、こんなに鋭い臭いのする食品が、自分の口に合うとは、到底想像できない。 2人はいくつかのドリアンの屋台を通り過ぎ、引き続き夕食の店を探した。
「このシーフード料理にしようか」
2人は、どの店がおいしいのかわからなかったため、看板に載っている料理の写真を見て、比較的おいしそうだと思ったシーフードの店に入った。マレーシアでの初めての夕食である。 席に案内してくれた店員が、メニューについて説明するのだが、シャオムはいまいち理解できない。メニュー表には、写真がなく、文字だけで「Aセット」、「Bセット」などと書かれている。2人はとにかくAセットを注文し、何が出てくるかを待つことにした。
すると、しばらくして、さっきの店員が「こっちへ来い」と言って、2人は店の入り口にある水槽の前に連れてこられた。2人は、ほかのお客さんが魚の種類を選んで店員に告げているのを見て、好きな魚を選んで調理してくれるものなのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。水槽の横にレジがあり、先に支払いを済ませるように言われた。
15分ほど待っていると、Aセットの品々が運ばれてきた。卵を生地にして焼いたお好み焼きのような物、何らかの緑色の野菜を油で炒めた物、何らかの魚を揚げて野菜や果物を和えたバーベキューソースをかけた物、そして白米の4つがテーブルに並んだ。2人は、これがマレー料理なのかはわからなかったが、異国の味に慣れようと、一生懸命食べ続けた。
魚のバーベキューソースを食べていると、1匹の猫がシャオムの足元に座った。野良猫であろうが、黄色っぽい毛をした綺麗な猫である。魚料理の店だから、猫がやってくるのだろうか。
シャオムは4年前にカンボジアのシェムリアップ に旅行したときも、最初の夕食に入ったイタリア料理屋で、野良猫に出会ったのを思い出した。マレーシアはカンボジアと陸続きだが、まさか同じ猫ではあるまい。2人は猫に別れを言って、シーフード料理屋を後にした。
https://honmadesukate.hatenablog.com/entry/2024/08/20/122213
中学校の部活動をなくすべきか
どうもシャオムです。
「中学校の部活動をなくすべきかどうか」という議論が盛んになされるようになってきました。今回は、公立の中学校で部活の顧問を受けもっている僕の立場からこの問題を考え、最後に僕自身の気持ちやスタンスをお話ししようと思います。
1. 「部活なくせ」の背景にあるもの
まずは、なぜ部活をなくすべきだという議論が起こっているのかを確認します。この記事を読んでいる多くの皆さんは、自分たちが中学生のころ、学校に部活動があり、さまざまな経験の違いはあれど、部活が子どもたちに与える一定の「充実感」や「教育的意義」を理解されていると思います。では、なぜそんな部活をなくすという話になるのでしょうか。
第一に、部活があることによって、教員の勤務時間外の労働時間が膨れ上がるからです。教員の残業にまつわる制度について説明すると長くなってしまうので割愛するのですが、少々の誤解を恐れずに言うのなら、教員の時間外労働は無償です。つまり、部活を夕方5時を超えて指導したり、休日に引率したりすることは、ほとんどタダ働きです。
そして、報酬が無いことよりも問題なのは、多くの教員が、部活があることによってそのような時間外の労働を強いられていることです。僕も、多少なりとも部活によってこの時間外労働を強いられています。実際に部活をなくすかどうかの議論においては、メリットとデメリットを天秤にかけて公平に判断されるべきです。しかし、この「時間外労働」の実情があまりにも過酷なので、どんなに「部活はすばらしい!」と言って立ち向かったとしても、教員の時間外労働の問題にテコ入れすることなしに、「やっぱり部活はこのまま残そう」とは言えない状況になってきているのです。
第二に、子どもへの負担です。日本の教育において「しんどい練習を乗り越えることによって成長できる」という考え方が根強い一方で、そのような考え方に、疑問を呈する人が増えてきました。高校野球に象徴されるように、学生時代のほとんどを部活に費やし、部活を通して友情を深め、部活を通して心身共に鍛えるという姿に、私たちはかなり美しいイメージを持っています。少なくとも、世の中にはそのような「青春」のイメージを持っている人がたくさんいることは、想像していただけるのではないでしょうか。僕はこれを悪い考えだと思うわけではないのですが、わかりやすさのために、このような「部活に汗を流す青春はいいもんだ」という風な考えのことを「部活神話」と呼ぶことにします。
多くの日本人が部活神話を信じている一方で、部活に偏った生活は良くないと声を上げる人も増えています。長時間を部活にあてることによって、十分に勉強できない。部活以外のさまざまな経験をするチャンスが失われる。部活が子どもたちの体に負担をかけすぎている。これらのような議論がなされるようになり、部活は子どもたちにとっても、必ずしもよい成長の機会とはいえなくなってきている現状があります。
2. 「部活をなくすな」と思っているのは誰なのか
ではここで、部活をなくすべきかどうかの議論において、「部活をなくすべきではない」という立場の意見を確認しましょう。「部活はすばらしい」という部活神話は一旦さておき、現実的な意味での部活のメリットを考えてみましょう。
結局のところ、部活がもたらしている最大の恩恵は何かというと、スポーツや文化活動の機会をすべての子どもに公平に与えていることです。「すべての子どもに公平に」というのはかなり強いものの言い方なのですが、これまで部活動は本当に多くの子どもたちに「頑張る場所」を与えてきたと思います。スポーツでも音楽でも、部活がなければやっていなかっただろうという人は、おそらく大勢います。今の日本人は、中学に部活がない世界というのをほとんど経験していないので想像するのが難しいのですが、部活という仕組みがあることによって、部活がなければ野球をしない多くの子どもが野球を始め、部活がなければ音楽に触れることのない多くの子どもが吹奏楽と出会うのです。今まで部活があることが当たり前だったからこそ、部活がなくなることのデメリットは計り知れないと僕は思っています。
そして、部活に関わる大人の立場はどうでしょうか。まず教員ですが、これは部活をやりたい人とやりたくない人で二分されると言ってよいです。部活を指導することに興味がなければ、ただのしんどい仕事なので、やりたくないのは当然です。部活をやりたくない立場からすれば、現状のような状況は控えめに言っても理不尽です。一方で、部活をやりたい教員からすれば、部活は自分の指導したい分野で子どもたちを育てることができる絶好の機会となっています。そのような先生たちにとっては、部活ほど、利害が絡むことなく子どもたちが純粋に活動に打ち込める場所はないのです。僕は現在、幸運にも自分の好きな部活を教える機会をいただき、部活を通して中学生たちと、最高に充実した日々を過ごしているので、部活はなくなってほしくないと思っています。
また、実際に中学校で働いている実感では、保護者はおおむね、部活から多くの恩恵を受けています。大きなお金をかけずに子どもがスポーツなどに打ち込むことができ、家で面倒を見る時間も減るからです。「部活をなくすな」という立場の意見が、少しは明らかになったでしょうか。
3. これからどうなるのか
さて、部活をなくすかなくさないか、それぞれの立場を確認したところで、現実的にこれからどうなっていくのか、僕なりの見通しをお話ししたいと思います。
まず、先述のように、部活をなくすにしてもなくさないにしても、教員の勤務時間の超過に対して、何らかの手を打たざるをえない状況があります。そこで、現実的な解決策として議論されているのが、部活動の外部化です。部活の話題に関心のある方ならもう理解しておられると思いますが、部活動の外部化とは、要するに、部活を教員が教えるのではなく、ほかの誰かが教えるようにしようということです。
これには大きく分けて2つの場合があります。1つは、学校の部活という形態を維持したまま、そこに教員ではない誰かを指導者として招くという方法です。もう1つは、学校の部活動を廃止し、子どもたちが部活と同じような活動をできる機会を何らかの形で確保するという方法です。この2つの違いは、学校教員としてはかなり大きな違いなのですが、個人的には、教師がいなくても活動ができるようにするというのがポイントであって、この違いはあまり重要ではありません。
部活を外部化することによって、教師が部活の負担から解放されるだけでなく、子どもたちがより専門性の高い指導者に教わることができるかもしれないという利点があります。今までの学校には少なからず、「部活に入らなければいけない」というような風潮があったので、そういう意味でも部活の外部化は、子どもたち自身の「やりたい」という意志を尊重することにもつながるかもしれません。
一方、部活を外部化することの懸念点は何でしょうか。これは、財源に尽きると思います。つまり、学校の教員ではない指導者を雇うお金はあるのかという問題です。これは、僕は財政には詳しくないですが、僕自身の感覚から考えると、「行政にはそんなお金はない」という結論になってくるでしょう。部活動という概念がない国では、「コーチに教わるんだから、親がコーチに報酬を払うのが当たり前」という考えなのですが、これがまさに、今まで部活の指導が「ただ」で提供されてきた日本との大きな差なのです。今、仮に、部活は教員の負担だから廃止、やりたい人は外部の指導者にお金を払ってください、と言ったらどうなるでしょうか。おそらく多くの子どもたちは、スポーツや文化活動をする機会を奪われるでしょう。公教育から部活を切り離すということは、どうしても格差を生むことにつながると言わざるをえません。以上に述べたような財源の問題が、結局のところ部活をなくすかどうかの議論の焦点であると思います。
4. 僕の意見: 部活はなくすべきである
ここまで長文を読んでいただき、ありがとうございます。最後に僕自身のスタンスをみなさんにお伝えして終わります。
先ほど述べた通り、今、部活動に携わっている者として、今後もこの指導を続けていきたいと心から願っています。僕の場合は、おそらく今後、部活が廃止されたら、何らかの形で指導を継続できる場を自分で探すと思います。それほど自分の人生の中で、今やっている部活は重要なウエートを占めています。
しかし、一般論で考えた場合、このままの状態で部活を維持することはできなくなると思っています。とりあえず、教員を過酷な労働から解放しなければなりません。教員の人権を守ることが、部活を維持することよりも優先されたとき、私たちは多くのものを失うでしょう。しかし、これはしょうがないと考えるべきだと思っています。今はもうみんな、貧乏なのです。今まで持っていたものを、これからも持ち続けることはできなくなるのかなと思っています。
部活は教育に関する人だけでなく、スポーツや音楽に関わる多くの人に影響を与えているものです。これからの部活がどうなるのか興味のある方へ、少しでも考えが伝わっていれば幸いです。
近況
みなさん、明けましておめでとうございます!
しばらく更新していませんでしたが、元気に生きております。昨年の4月から中学校の教員として働き始め、最初の1年を過ごしているところです。この1年はどちらかといえば、抽象的なことをあれこれ考えることはなく、日々目の前で起こる出来事について悩み、行動しています。このブログで頻繁にアウトプットしなければいけないようなことはなかったので、久しぶりの記事になりました。とはいえ、良く言えば本業への専念、悪く言えば思考の停止です。今はとにかく体当たりで仕事をするのを第一として、少しずつ考えることも増やしていきたいと思います。
2021年、僕が主にやっていたのは次のことです。
・1月〜3月は塾講師、4月〜中学校で勤務
・合唱団での活動
・毎週日曜日にソフトボール
・創作活動(主に作曲。去年は小説は書かなかった。)
こうして列挙すると仰々しいですが、主にこれらの活動をして過ごしていました。やはり平日の夜が遅くなることが多いので、基本的に疲れています。一応、僕が何者なのかを確認するため、こんな感じで書いておきました。
仕事の方は毎日めまぐるしく、中学校という小さな世界でせかせかと働いています。去年まで考えていたことがその後どうなっていったのかを、少しずつ書いていければと思っています。これからも、本ブログをよろしくお願いします。
ごあいさつ
どうもシャオムです。
しばらく記事の更新ができていません。しかし、多くの方に過去の記事を読んでいただいており、感謝しています。7月末ごろからまた少しずつ書いていこうと思っていますので、よろしくお願いします。
スマホとパソコンの差は「生産的かどうか」にある
ブログを書き始めて1年。自分が変わったこと。
どうもシャオムです。
昨年の5月に「個別指導はケアワークなのでは」という記事を書いてから1年が経過し、以来300を超える記事を書いてきました。300本を書いたということは、300回は何かを考えてきたということであり、僕自身の中の考え方の変化や進歩もたくさんありました。一方で、わからないこともたくさん増えた1年でした。今回は、1年を経て自分の中で大きくなった2つのテーマについてまとめ、これからの学びへのステップにしていきたいと思います。
1. 「学校教育は子どもを『守る』もの」という視点
この1年で、自分の働く場所が塾から学校へと移りました。振り返ればこの1年は、学校とは何なのかを考えた1年だったといえます。学校の仕組みが教育に向いていないのではないかという問いから出発し、さまざまな弊害や問題点について考えてきました。2020年5月13日の「集団授業は伝統芸能なのでは」や、8月25日の「わかりやすい授業が価値を失う」などを通して、集団での教科指導にそこまで価値はないのではないかと思うようになりました。
一方で、「じゃあ学校の良さはなんだ?」という問いから、6月25日の「同窓会論」、9月26日の「学校がするべき『しつけ』とは」では、子どもたちが無差別に集められて生活するという学校ならではの良さや必要性を考えました。そして、12月31日の「【今年のまとめ】教育における『ケア』の価値」に書いたように、学校教育の価値は、子どもを「守る」ことにあるのではないかという考えに至りました。学校に対する自分の考え方の変化は、このように記事を遡ると鮮明になりました。学校で働くようになった今、この考えは否定されることはなく、むしろ実感しています。
2. 「作り手」としての自分の発見
2020年1月のカンボジア旅行を題材に、5月8日から書き始めた小説『シェムリアップ』は、思った以上に楽しく書き進められ、良い思い出になりました。8月18日に投稿した、「Baba Yetu」の多重録音や、10月30日の初めて作った曲「下積み時代」など、音楽を作ることにも取り組んだ1年でした。また、ブログを書くという活動も含めて、自分があらゆる「作る」という活動に興味があるのだということに改めて気付きました。学校での仕事においても、「授業作り」、「クラス作り」など、作ることにフォーカスすることが自分のやりがいであることがわかりました。
これらのテーマのほかにも、世の中で起こるさまざまな出来事をきっかけにして、いろいろ考えてきました。今振り返ると、「あのときはしょうもないこと考えてたんやな」と思うことも多いですが、それは考えが進んでいることの証明であると自分に言い聞かせています。ブログの更新頻度は下がっていますが、「書く」ということが自分にとって重要な営みであることは変わりません。これからも僕の考えの移り変わりを、みなさんと共有していきたいと思います。
