3.11に思うこと

どうもシャオムです。

昨日が東日本大震災から10年目の3月11日でした。中学生だった僕はその日、大阪府内の学校にいました。放課後、野球部の大会メンバーの発表が行われ、背番号が渡されていました。ベンチに入れた人、入れなかった人のさまざまな思いが生まれる中、監督から全員に「そのこと」は伝えられました。「今、東北では地震が起こったそうです。どんな地震かはまだわからない。けど、こうして野球ができることに感謝して最後まで戦おう」と。その後、帰宅してテレビを見て、時間が経つうちに、監督の言葉はより強く心に刻まれることになりました。

さて、震災から10年。僕は生まれてから大きな災害を経験したことはなく、どこまで被害者の方々の気持ちがわかるのか、それは未だにわかりません。そんな僕なりに、この日に考えることは2つです。

まず、日頃の対策の重要性。今住んでいる場所では、どんな災害が起こる可能性があるのか、避難所はどこなのか、避難経路はどこなのかなど、確認すべきことは山ほどあります。また、災害が起こった時の動きを体で覚えるという意味で、訓練は大切です。失敗は繰り返さないために、災害が起きた日というのは、私たちが「備え」を確認する日なのだと思います。

2つ目に、何かあったときに助け合えるコミュニティの意味です。住んでいる地域に互いに助け合えるコミュニティがあることは、災害に限らず、有事のときに人の命を守ることにつながります。僕は人を助けることは、自分を助けることでもあると思っています。それは、助けたら助けてもらえるという利害の問題ではなく、人を助けるという行為自体が自分の心を励まし、次の前向きな行動へと進む起点になるという、精神的な問題です。3.11という日は、日ごろから身の回りの人たちを大切にし、支え合っていくことの大切さを教えてくれる日でもあります。

なによりも、震災当時の人々の悲しみや祈り、助け合う心など、そういった心こそ、忘れてはならないものだと思います。黙祷を捧げ、また次の10年をスタートしていきたいと思います。

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